東南亜細亜掬魚紀行外伝
植物漫遊記


本コンテンツは、日本ブロメリア協会会報 第35号に寄稿させていただいた文章をweb用に加筆修正したものです。

2011年元旦ユカタン紀行


 2010年の5月にオアハカを訪れたのですが、なぜか帰宅後に妻からぶーぶー文句を言われました。彼女を最初にオアハカ行きに誘ったのですが、自分から「オアハカには行かない」と宣言、さらにGWは娘と二人で浦安のテーマパークを満喫していたにもかかわらずです。

やれやれ。

女心の不条理を感じつつ、仕方ないのでお正月は家族で海外旅行を企画しました。行き先はメキシコのリゾート地カンクンです。2004年に新婚旅行で訪れたことがあるので、妻も二つ返事でOK。
・・・ふふふ、転んでもタダでは起きないぞ。

 カンクンはメキシコのキンタナ・ロー州にあるメキシコ最大のリゾート地で、カリブ海に突出したユカタン半島の先端に位置します。すぐ近くには世界遺産のチチェンイツァーをはじめとするマヤ文明の遺跡群が多数見られ、年間3百万人が世界中から訪れる一大観光地です。そして、当然ブロメリアの自生地でもあります。
 2004年に訪れたときにはマヤの遺跡内に多数のティランジアが自生しているのを見てきましたが、当時は私の知識もまだまだ未熟なものでしたので、現在の目で見るとまた新しい発見があるはずです。今回はカンクンでの全日程終日フリーのツアーで、現地での移動は日系旅行社主催の現地ツアーに参加します。でも、3人だとすごい出費です(泣)。



12月29日 カンクンへ
 カンクンへは、成田→ダラス→カンクンとアメリカン航空を乗り継いで13時間ほどで到着します。
途中、ダラスでのアメリカ入国の際にイミグレーションカウンターにパスポートを渡したら、いきなりESTAのシステムがダウンして30分ほど足止めを食ってしまいました。旅にトラブルはつきものですが、一番心配していた5歳の娘も飛行機の中ではおとなしくしていてくれたので、このくらいたいしたことではありません。
 カンクンの空港に到着すると、通関の際にメキシコの空港名物「くじ引きボタン」を押します。当たり(ハズレか?)が出るとスーツケースをあけて中を係員に見せないといけないのです。幸いはずれ(アタリ?)でしたのでスムーズに通関をすますことができました。

 空港からは旅行社の手配した大型バンに揺られてホテルに向かいます。カンクンのリゾート地区は巨大な砂州とそれに囲まれたマングローブの広がるラグーンによって形成されています。空港から市街地を抜け、リゾートエリアに達すると窓の外にはカリブ海の青い海が広がります。町中のほとんどの樹木は開発後に植林されたものですが、ところどころに自然の景観が残されています。砂浜に丈が50cmほどのブッシュが広がっている場所が気になりましたが、今回はツアーに参加する予定なので踏み込むことは断念せざるを得ません。

 今回泊まるのはクリスタル・ホテル&リゾート・カンクンという中クラスのホテルで、砂洲の北東端に位置しているのでロケーションは最高です。余談ですが、日本テレビの「世界の果てまでイッテQ」という番組では、スタッフの定宿になっているらしく、番組にも度々登場しています。ホテルに到着したのは午後3時過ぎでしたが、時差ぼけと移動の疲れでなにもできず、翌日に備えてこの日は早々に就寝となりました。

12月30日 コバ遺跡〜グラン・セノーテ

 カンクン初日は朝からコバ遺跡に向かいます。現地ツアーのバンに乗り込んで出発です。
 コバ遺跡は純粋なマヤ系の遺跡で、沢山の碑文が残されておりマヤ文字の解読に大きく貢献した遺跡とも言えます。ちなみに有名なチチェンイツァーはトルテカ人の影響が強く、純粋なマヤ遺跡ではないようです。

1時間半ほどのドライブで遺跡に到着しました。車を降りて周りを見回すと、入場口のゲート脇の木の上に赤い小型のティランジアが着生しているのを見つけました。ティランジア・ブラキカウロス(Tillandsia brachycaulos)の様です。別の場所ですが6年前に撮った写真にそれらしき姿が写っていましたので、おそらくあるだろうと予想していました。
 ゲートをくぐると100mほど林の中の小道を歩くことになりますが、両側の木の上にぽつぽつとティランジアが着生しています。ざっと見ても先ほどのブラキカウロスに加え、バルビシアナ(T. balbisiana)、ファシクラータ(T. fasciculata)、シーデアナ(T. schiedeana)を見つけることができました。

     
 T.ブラキカウロス  T.シーデアナ  T.エロンガータ変種サブインブリカータ

 小道の先には大きなピラミッド状の建造物があり、ゲートからここまでは州職員のガイドがついてきて英語で色々解説することになっているようです。
資料を見せながらガイドの男性が解説を始めたのですが、そんなの聞いていられません!まわりの木々にはティランジア・ブラキカウロスが鈴生りになっているのです。
さらに花序をあげた見慣れないティランジアを見つけました。帰国後に調べた結果、これはティランジア・エロンガータ変種サブインブリカータ(Tillandsia elongata var. subimbricata)の様です。

 ようやく解説が終わり、ここからは日本人ツアーガイドと一緒に遺跡を巡ることになります。まずは件の大きな建造物に登ってみたのですが、そこでもまた素晴らしい光景が・・・。遺跡に根を下ろした大きな枯れ木に大量のティランジア・ウスネオイデス(Tillandsia usneoides)が絡み付いています。そして枯れ木の中程にはひときわ目立つティランジア・ファシクラータの花序が輝いていました。花序の形状から変種デンシスピカ(Tillandsia fasciculata var. densispica)の様です。さらに良く見ると、これまで見てきたティランジアに加え、サトイモ科のアンスリウム・シレクテンダリィ(Anthurium schlechtendalii)、バナナのような巨大なバルブが特徴的なミルメコフィラ属のラン(Myrmecophila. sp)、そして大型ブロメリアのエクメア・ブラクテアータ(Aechmea bracteata)が着生しています。

 
   @ ティランジア・シーデアナ(T. schiedeana)

Aエクメア・ブラクテアータ(A. bracteata)

Bティランジア・ファシクラータ変種デンシスピカ
(T. fasciculata var. densispica)

Cミルメコフィラ属のラン(Myrmecophila. sp)

Dアンスリウム・シレクテンダリィ(A. schlechtendalii)


 コバ遺跡は単独の遺跡というより、かなり広大な地域に広がる遺跡群と言った方が良いようで、まだ発掘されていない建造物が至る所に見られます。ジャングル内のゴロゴロした大きな石が小山になっているところは全て復元されていない建造物なのです。そういった小山の間を縫うようにジャングルを切り開いた小道が縦横に走っているのですが、とにかく広すぎて徒歩ではとても廻れないので移動は自転車です。しかし、娘が乗ることのできるサイズの自転車がないので、今回は自転車タクシーを利用しました。

   
 メキシコは前2輪・後1輪  エクメア・ブラクテアータ


 自転車で移動しながらまわりのジャングルを眺めますが、ティランジア等の着生植物はほとんど見られません。そんな中でもエクメア・ブラクテアータ(Aechmea bracteata)は比較的色々な場所で見ることができましたが、不思議なことに木々が密生したジャングル内ではなく、大型の建造物や施設の駐車場等、開けた場所に面する林の中に多くの着生植物が見られます。

 また、ユカタン半島のジャングルは平坦な石灰岩の上にわずかに積もった土壌の上に広がっており、雨水は石灰岩の割れ目を伝って地下の水脈に流れ込んでしまいます。そのため林の中は比較的乾燥していて植生も非常に単純です。林床で目立つのは、ほとんどどこでも見られる先ほどのアンスリウム・シレクテンダリィや、多肉質の根茎をもつベゴニア・リンドレイアナ(Begonia lindleyana)、比較的乾燥に強いシダのアジアンタム・トリコレピス(Adiantum tricholepis)、そしておそらくブロメリア・カラタス(Bromelia karatas)と思われる地生ブロメリアです。

   
 アンスリウム・シレクテンダリィ  ベゴニア・リンドレイアナ
   
 アジアンタム・トリコレピス  ブロメリア・カラタス?


 午前中いっぱい遺跡内を巡って次の目的地へと向かいますが、その前に腹ごしらえです。コバ遺跡はユカタン半島では貴重な淡水湖の近くに栄えた都市です。遺跡はコバ湖、マカション湖という二つの湖に寄り添うように広がっています。コバ湖畔のレストランで昼食を済ませると、水際を散策してみました。イグサのような抽水性植物が生い茂っていますが、所々この植物が通路状に押し倒されています。これはクロコダイルの這ったあとで、彼らのテリトリーであることを示しています。水際には近づかないよう言われていましたのでそれ以上は接近しませんでした。特に面白そうな植物はなかったのですが、湖畔の木陰にはおそらくヒメノカリス・リトラリス(Hymenocallis littoralis)と思われる球根植物が群生していました。

 午後からはグラン・セノーテ(Gran Cenote)と呼ばれる遊泳可能なセノーテに向かいます。セノーテとは地下水脈となっている鍾乳洞の天井が崩落してできた泉のことで、大抵ジャングルの中にぽっかりと口をあけた円形の泉として見つかります。大きな川の存在しないユカタン半島では真水の供給源として非常に貴重であると同時に信仰の対象にもなっていたようです。セノーテの水はほとんどの場合、非常に透明度が高く、またカルシウム成分が多く含まれるため日光が当たると独特の青い水景を作り出します。
 グラン・セノーテは地上に露出している泉の部分だけではなく、スキューバーダイビングで地下の鍾乳洞の部分にも入れるため、人気の観光スポットになっています。日本のTV番組でも度々取り上げられているので、ご存知の方も多いはずです。
 とりあえず「水辺」で空中湿度も高いはずですから、周りの着生植物を期待したのですが、実際に行ってみるとティランジア・バルビシアナが2〜3株見られるのみでした。しかし、セノーテ自体はすばらしいもので、泉の中心には崩落した石灰岩からできたと思われる島があって抽水性と思われる大型の木性シダが生えています。さらに水中にはニムファ・アンプラ(Nymphaea ampla)と思われる白花の睡蓮が群生していました。


 ここは水泳大好きの娘にはあこがれの場所で、出発前から写真を見てはうっとりしていました。そんな訳で、興奮してあっちこっち行くわりには息継ぎができない娘と、問題なく泳げるくせに「足がつかない深い場所恐怖症」のはた迷惑なヨメの世話ばかりで、気づいたら全然写真を撮っていませんでした。ガイドさんが撮ってくれた写真はあるのですが、少し曇りで撮影条件が悪かったせいか、残念ながらあまり上手く撮れていないようです。
 一日目のツアーはここで終了。かなり疲れましたが3人ともそれぞれ満足して帰路につきました。



12月31日 チチェンイツァー遺跡〜エクバラム遺跡

 二日目も朝からミニバンに揺られて遺跡ツアーに出発します。今日の目的地は世界遺産のチチェンイツァーです。春分の日と秋分の日に、階段に蛇の紋様が浮かび上がる、あの有名なピラミッドがある遺跡です。
 カンクンからはジャングルの中のハイウェイを3時間ほどドライブすると目的地に到着するのですが、ユカタン半島はとにかく真っ平らでず?っと同じ景色が続くばかり。猛スピードで通り過ぎてゆく道路脇の木に、時々ファシクラータやブラキカウロス等のティランジア、ミルメコフィラ属のラン等が着生しているのが目に入りますが、目新しいものには出会えず退屈な限りです。

 ハイウェイを降りるとピステという街に到着します。ここはチチェンイツァーという大観光地の城下町といった性格の街で、この街のメインストリートは遺跡へと向かう一本道でもあります。バンの窓越しに街を眺めていると街路樹や庭木に沢山のティランジア・ファシクラータが着生しているのに気づきました。やはりある程度開けた、人の手が入ったような環境で多くのティランジアを見ることができるようです。

 ピステの街を通過するとすぐにチチェンイツァーです。遺跡への入場口は6年前と相変わらずですが、中の様子は一変していました。以前はコバ遺跡のように、ジャングルの中に小道が縦横に走っているというような様子だったのですが、小道は拡張されて土産物屋の露天が沢山並んでいます。最近話題になった2012年のマヤの予言やパワースポットブームの影響で観光客が急増したためだそうです。

 足下の喧噪をよそに遺跡内の木の上には以前と変わらず沢山のティランジアが着生しています。コバ遺跡では沢山のブラキカウロスを見ることができましたが、ここではファシクラータが優勢のようです。開花株も比較的多く見ることができました。花序の形状を見る限りデンシスピカの様です。ここでもやはり開けたピラミッドの周囲に多くの着生植物が見られます。

     
 怪しい土産物店  ものすごい着生  見上げる筆者
     
 T. ファシクラータ変種デンシスピカ   T.エロンガータ変種サブインブリカータ 地面に落下して
捨てられていたT. ブラキカウロス

うろうろしていたら6年前に写真を撮った着生サボテンを見つけました。地面に近い一番下の部分はあまり変わりがないようですが、6年で茎がかなり伸びて樹幹近くに達しているようです。

また、チチェンイツァーでは敷地内にたくさんのカタセツム・インテゲリマム(Catasetum integerrimum)が着生しています。残念ながら開花株を見ることはできませんでしたが、シードポッドを付けた株は見ることができました。
さらに大小さまざまなサイズのエクメア・ブラクテアータが着生しています。日照のよい場所では小型の若い株は真っ赤に染まっており、大型になるに従って緑色になってゆくようです。

   
↑ 2004年  ↑2011年
   
 エクメア・ブラクテアータ  カタセツム・インテゲリマム


 午前中で遺跡内の散策を終え、午後からは別のセノーテへ向かいました。このセノーテはまだ天井が崩落しておらず、2メートル四方ほどの天窓状の開口部があるのみです。地下の大きな空間に開口部から陽が差し込んでとても美しい場所でした。このセノーテの敷地内にもたくさんの木が生えているのですが、かなり乾燥しているようで、樹上にはファシクラータが数株見られた程度でした。


 セノーテの後は本日最後の目的地、エクバラム遺跡へ向かいました。この遺跡は先日のコバ遺跡と姻戚関係にある遺跡のようで、お互い40kmほど離れているのですが、両遺跡間にはジャングルを切り開いた砂利の舗装道路があったようです。
この遺跡の最大の特徴は大きなピラミッドで、大きさもさることながら内部から立派なレリーフが発掘されたことでも知られています。
チチェンイツァーでは、転落事故があって以来ピラミッドへの登頂は禁止されているのですが、ここではピラミッドに登ることが可能です。というより、レリーフを見るためにはピラミッドに登らないといけないのです。かなり傾斜がきつく、階段の段差も大きいため、子供をつれてここを上り下りするのにはかなり骨が折れましたが、地平線までジャングルが続く頂上からの眺めはすばらしいものでした。
 この遺跡も他の遺跡と同じように建造物の周りは樹木が少なく、着生植物をたくさん見ることのできる条件に当てはまるのですが、なぜかティランジアをほとんど見ることができませんでした。
これで二日目も無事終了。三日目は家族サービスに徹します。

   
 ピラミッドのレリーフ  ピラミッド頂上からの眺め



1月1日〜2日帰国
 遺跡巡りの疲れも出てぐっすり眠っていたのですが、夜中に歓声で目が覚めました。すっかり忘れていましたが今夜は大晦日、年越しのカウントダウンが始まったのです。町中から歓声が上がり、自動車のクラクションがあちこちから鳴り響きます。2003年にマレーシアのサバ州タワウで年を越したのに続き二度目のにぎやかな年越しです。
 翌朝、朝食を済ませると午前中いっぱいビーチで過ごしました。外洋に面したビーチで波が荒く、遊泳には向いていないのですが海の青さは格別です。
 午後からは日本人の悪しき習慣、土産物屋での買い物です。とりあえずチョコや香辛料等を数点購入。後は事前に通販で購入しておいた(笑)メキシコ雑貨が日本に届くのを待つのみです。
 帰りは深夜の3時に慌ただしくホテルを出発し、ダラス行きの始発の飛行機に乗り込みます。これから13時間近く飛行機の中に缶詰にされるのです。いつも思うのですが、これがなければ旅は最高なんですけどね。


終わりに
採集旅行と言っても、余程の僻地を目指さない限りはそれほどたいした苦労もなく何らかの成果は出るものです。今回のように普通の観光コースでも充分楽しむことができます。カンクンはリゾートですのでご家族の理解も得やすい、良いモデルケースだと思います。ぜひ一度自生地を見てください。
世界が変わりますよ。



BACK


Copyright(C). Ichiro Ueno. all right reserved.