東南亜細亜掬魚紀行外伝
植物漫遊記


東南アジア蘭紀行
2003年8月

Arundina graminifolia from Padan

2003年8月の東南アジア旅行で見かけた野生ラン達です。季節は乾期で、開花株をほとんど見かけませんでした。残念!

ボルネオ編

今回の旅行では、まずマレーシアのサラワク州に入りました。目的はクリプトコリネというサトイモ科の水棲植物の生息調査と、採集です。比較的標高の低いジャングル(特に湿地)内を流れる細流にクリプトコリネは繁茂しており、その頭上の樹幹に多くの着生ランをみることができます。

サラワク州には様々な種類のクリプトコリネが存在し、その分布もまた広範囲です。道路がよく整備されているので移動にはレンタカーが一番です。そんななか、ドライブ中に道路脇に沢山咲いていたのがArundina graminifoliaです。

東はタヒチから西はインドまで、更に沖縄県にも分布する広い分布域を持つ地生蘭です。日本には石垣島,小名浜,西表島に分布しており、日本名は西表島の成屋村(現在廃村)にちなんでつけられたそうです。

サラワクでは新しく切り開かれた場所ではなく、比較的時間のたった道路脇の草地に多く咲いていました。

クリプトコリネの産地を巡りながら、合間に蘭を探しますが、梢の高いところにそれらしきものがちらほら見えるのみでなかなか良い被写体に出会えません。あるポイントでは、川岸から斜めに生えた大木にセロジネと思われる蘭が大小20株ほど着生していましたが、折からの土砂降りでカメラを持ってゆくことができず撮影は断念しました。

そんな中、ようやく良い被写体に出会えました。デンドロビウムでしょうか、川沿いの木の1.5メートルほどの高さに着生していました。木の根本には川幅5メートルほどの流れで、うっすらと色づく程度のブラウンウオーターが流れています。川底は少し泥の混じった石英質の細かい砂利です。流れには大変美しい虎斑のある葉を持ったクリプトコリネ・ストリオラータが自生していました。

クリプトコリネを探しながらかなりの距離を車で移動し、日差しもだんだん傾いてきました。もう夕方の時間でしたが、日没までにはまだ時間がありましたのでもう一カ所だけ最後に行ってみようということになりました。そこは真っ黒なブラックウオーターがゆったりと流れる森で、粘土質の林床には多数のクリプトコリネ、特にパリジネルビア種が見られることで貴重なポイントです。

ポイントに辿り着くと、すでに少し暗くなりかけた時間です。森に入り込むと、流れに沿って奥に進んでいきます。川岸には多くのクリプトコリネが見られますが、ほとんどはロンギカウダ種で目当てのパリジネルビア種はなかなかみつかりません。ゆっくり写真を撮る余裕はないと判断してカメラは持っていきませんでした。ようやくパリジネルビアの群生を見つけて一安心。ふと周りを見回すと、一抱えもある大木が流れをまたいで倒れているのが目に入りました。完全に横倒しになるのではなく、周りの木々に引っかかって斜めになっています。その表面になにやら蘭のようなものが見えます。膝までめり込む泥に足を取られながらも大木に近づくと、やはり小型の着生ランが広い範囲に拡がって着生していました。バルブが林立するのではなく、10センチほどの間隔でバルブがランナーでつながれているスタイルです。硬くて丸っこい葉のバルボフィラムでした。更に大木の根元付近にはセロジネと思われる蘭が着生していました。乾期のせいかどの株も乾燥状態です。ちょっと心配になりましたがみずみずしい新芽が展開しかけており、これから雨期になれば花を咲かせるのでしょう。

そして、僕はここで思わぬものと出くわしてしまったのです。世界最大の蘭グラマトフィラム・スペキオサムです。最初、全く気づかなかったのですが、大木の先端部分に僕の背丈ほどもある巨大なバルブが林立していたのです。ぐにゃりと曲がったバルブは、まるで巨大なムカデが鎌首をもたげているようで、ジャングルの中では夕方の薄暗さも手伝って少し不気味な光景でした。

森を抜けて車に辿り着いた頃には、もう暗くなっており、カメラを持って撮影に戻るのは不可能な状況でした。今回は時間が無くて残念ですが、場所はばっちりわかっているので、次回の課題にしておきます。

サラワク州の州都、クチンから少し郊外にでると原生林に出会うことができます。幹線道路沿いはかなり開発が進んでいるとはいえ、少し脇道に入り込むとその両側には原生林が拡がっています。そんな脇道を進んでゆくと、最後には車が入れないような細い道になってジャングルの中に続いていきます。そんな道の両側の木立の中にも蘭が着生しています。地面は真っ黒な濃いブラックウオーターのしみ出す湿地帯です。午前中の比較的涼しい時間帯でしたのであまり蒸し暑くはありませんが、いつものように蚊がおそってくるので虫除けスプレーは手放せません。このあたりはクリプトコリネ・グラボースキーの記載地ですが、都市近郊であるため開発の影響がでているようです。マレーシア一帯に広く分布するコルダータ系のクリプトコリネですのでありそうな場所を探ってはいますが、いまだに出会えたことはありません。大抵こういった場所では睡蓮の仲間のバークレアが繁茂しています。湿地帯の中にも小さな流れがありますのでそういった場所を探っていきます。そしてふと上を見上げると、ありました。バルブと葉が一体化して櫛状になったデンドロビウムです。更に進むとバルボフィラムかデンドロキラムと思われる蘭が着生しています。かなり高い位置でしたので、うまく写真が撮れていませんが、雰囲気だけは伝わると思います。

その後、クチンの南東部にある町、バウへ向かいます。この町周辺にはライムストーンと呼ばれる石灰岩でできた山が見られます。そのせいで他の低湿地帯での水質が低硬度・低pHであるのに対し、この辺りでは比較的硬度の高い日本の河川に近い水質の水が流れています。従ってこの辺り一帯ではクチン近郊と比べ植生が異なっているのです。僕たちがねらうのはクリプトコリネ・キーイ、比較的硬度の高い川に分布する流水棲のクリプトコリネです。バウの町にはいると、まず目に付くのは、町の中心広場にあるコンクリート製のオブジェです。サラワク州では信号機があまりなく、交差点にはロータリーが設けられているのがほとんどです。そこで、町の中心部のロータリーにこういった町のシンボル的なオブジェが作られているのをよく見かけます。ライムストーンの山と、そこで採掘作業をする鉱夫達、そして特産(?)の植物をかたどっているようです。山の上にはネペンテス・アンプラリアでしょうか、ウツボカズラの仲間が、そして岸壁のあたりにはファレノプシスのオブジェが飾られています。車を降りてオブジェの写真を撮りながら、何の気無しに広場に植えられている木に目をやると、どこかで見たことのある葉っぱが・・・

よく見ると、木の幹にはデンドロビウムの大株が着生しているではありませんか。僕がたっているすぐ横に生えていた椰子の木を見上げるとやはりデンドロビウムが着生しています。さらに車で移動しながら街路樹をよく見ると至る所にデンドロビウムが着生しています。それも人為的に着生させた形跡はありません。どう見ても自然に生えているようです。もしかすると、デンドロビウムって雑草なのだろうか・・・・などと思いつつ、キーイのポイントへ向かう僕たちでした。

キーイのポイントであるマンディ川の川縁の木々にもやはりデンドロビウムは着生しています。クリプトコリネを採集し、写真を撮ったところでだんだん雲行きが怪しくなってきました。ぽつりと来たかな?と思った途端、土砂降りの雨になりました。あわててカメラを持って車に走ります。何とかデジカメは濡らさず無事に車まで辿り着きました。調度良い時間なので本日は終了となりました。

さて、サラワク州産クリプトコリネのポイントを巡る旅もいよいよ最終日となりました。朝から愛車のプロトン・サーガは快調に走ります。そして、とある低湿地ジャングルの中を走る流れを訪れたときのことです。

川面に面した大きな木にたくさんの着生ランが活着しているのを見つけました。さらに森の奥に入り込むと、あるはあるは、ちょっとは入り込んだだけで10種類近いランをみることができました。とてもすばらしいポイントです。

ボルネオの旅の最後にとてもすばらしい場所を見つけることができて、大変満足な一日でした。

さあ、明日からはスマトラに向かって出発です。


スマトラ編

ボルネオから飛行機で一路シンガポールに向かいます。今年は新型肺炎の騒ぎで東南アジア方面への航空便は本数が減ったり、一時運休したりと、いつもとかなり状況が違っています。いつもなら福岡空港発のマレーシア航空でクアラ・ルンプールにはいるのですが、この便が当分の間運休になるとのことで、今年はシンガポール航空を使いました。というわけでシンガポール空港をハブ空港として移動しているというわけです。

シルクエアーの小型ジェットでシンガポール空港を飛び立ち、1時間半ほどでマラッカ海峡を飛び越えて、西スマトラ州のパダンに到着しました。早速空港でタクシーをチャーターし、300Km離れたムアラブンゴへ向かいます。ムアラブンゴは未だ日本に入荷していない幻のクリプトコリネ、C・ビローサの記載地です。パダンの町付近は山が比較的海岸に迫っており、川も日本の川によく似ています。パダンから東に向かって延びる幹線道路は町をぬけるとすぐに登りにかわり、山間部にさしかかります。気温も低く、ひんやりとして30℃近い下界とはまるで別世界です。そんな山間部の切り通しにぽつりぽつりと白い花が咲いています。やっぱりここにもありました。Arundina graminifoliaです。でも、サラワク産に比べると、背丈も小さく花色も薄いようです(別種か?)。車から見るとよく目立つので見つけやすいのですが、実際に車から降りて写真を撮るとなると大変です。崖をよじ登ってようやく花に辿り着くことができました。

さらに車で進んでゆくと民家がぽつりぽつりと建っています。民家の近くには大型で花色の濃い、明らかに違うタイプのArundina graminifoliaが植わっています。これが植えられた物か、栄養状態による違いかは不明ですが、一応2タイプ見かけております。

切り通しの粘土がむき出しになった壁に、赤紫色の小さな花が咲いているのが目に留まりました。たとえるならシランの花のような鮮やかな色彩です。車を降りて確認するとスパソグロッティスであることが判りました。硬い粘土の表面に着生するかのように、根を放射状に広げてしがみついています。写真を撮ったのですが、あとで見てみるとうまく撮れていませんでした。赤紫は、写真では再現が難しいようです。

山を登る道の両側の木々に、ときおりデンドロビウムが着生しているのが目に入りますが、まだ旅が始まったばかりでいちいち車を停めていたのでは目的地にたどり着けませんので、そのまま通過しました。

山間部を過ぎると、我々日本人にはなじみ深い光景が広がります。水田です。畦や民家のわきに生えているのが椰子の木であることを除けば、一昔前の日本の田舎とほとんど変わらない光景です。「となりのトトロ」に椰子が生えていると言えばわかりやすいでしょうか?何となくどこかでみたような景色が続く中を車は進んでゆきます。

道はよく整備されているのでドライブは快適なのですが、目にはいるのは人の手が入った場所ばかりで原生林がほとんどないのが残念です。途中トイレ休憩のために道路脇の空き地に車を停めると、すぐ脇の草むらに懐かしい花を見つけました。一年前に訪れたマレーシアのタワウで見かけたツタ状の豆科植物です。帰国後に調べてみると、「蝶豆」と呼ばれるClitoriaの仲間であることがわかりました。種が採集できましたので持ち帰りましたが、発芽には至りませんでした。残念!

夕方になってようやくムアラブンゴの町に到着しました。適当な宿を見つけてその日はそこで終了となりました。

一夜明けて、朝からクリプトコリネの探索を開始です。一階に泊まった友人は一晩中、蚊に悩まされたようでかなり眠そうです。たまたま僕は二階の部屋を割り当てられたのと、寝るまえに虫除けスプレーで防御を固めたせいか、蚊にはおそわれずにすみました。以前タイの安宿でダニもしくは南京虫の襲撃を受けたことのある僕は、安宿では寝る前に必ず虫除けスプレーを使うようにしているのです。

目的のクリプトコリネ・ビローサは低pH・軟水系のクリプトコリネです。パダンからムアラブンゴに向かう途中にみた川はいずれも日本の川にそっくりな中程度の硬水が流れる比較的流れの速い川でした。しかし、僕たちが探すのはジャングルの中をゆったりと流れる、土壌中のピートの影響を受けた川です。おそらくそこを流れる水は紅茶のようなブラックウオーターのはずです。

しばらくムアラブンゴ近郊を探索していると、ようやくブラックウオーターの流れに行き当たりました。そこにはクリプトコリネは生えていませんでしたが、着実に目的地に近づいているようです。しばらくゆくとブラックウオーターの大きなため池に出くわしました。白い花の睡蓮が咲いています。池の中には、大きな切り株があちこち水面から顔を出しています。おそらくかつてはここも大きなジャングルだったのでしょう。伐採によって木々がなくなった後も、元々が低湿地であったために水がたまって池になったと思われます。水中に目を凝らすと数匹の黒い横縞のある魚がせわしなく動き回って、僕の足下から水中にこぼれた砂を餌と勘違いして争うようについばんでいます。

Puntius tetrazonaという小型の鯉科の魚です。日本では「スマトラ」という名で熱帯魚店で売られているとてもポピュラーな魚です。昔から育てられている魚ですが、性質上現在のアクアリウムスタイルに合わない面も多く人気が今ひとつなのが残念です。また飼いやすく、丈夫なため初心者向きの魚という位置づけをされているのも原因の一つと思われます。劣悪な環境下でも飼育することは可能ですが、その魚本来の美しい発色を楽しむためにはある程度の技術が必要です。スマトラで見かけた「スマトラ」は、その本来の生息環境下であるため、頭部から背面にかけての透明感のあるオレンジの発色は大変美しいものでした。こんなとき、スタンダードな種類でもじっくり飼い込むことによって驚くほど変身するということを実感します。近年の珍種・希少種ブームのせいか、こういった一般種をおざなりにする傾向が多々みられますが、あまりいい傾向ではないと考えています。そうそう新種が見つかるわけではありませんからね。

話がそれましたが、結果的には目的のC・ビローサと思われるクリプトコリネを見つけることができました。この池を後にし、しばらく方々探し回ってやっとそれらしい流れを見つけました。水も濁っており、藍藻が川底にこびりついていますが、確かにクリプトコリネの群落を発見しました。流れの両側の木々が伐採されており、光が射し込むようになったのが環境悪化の一因と思われます。残念ながら開花株を見つけられなかったのですが、ビローサにほぼ間違いないと思われます。

さてランですが、はっきり言ってしまえば、デンドロビウムがどこにでもあるといった状況でした。民家の裏庭の木に当たり前のようにくっついています。しかしほかのランは見あたらず、ボルネオとは状況が全く違っています。全体的な印象ではかなり開発が進んでおり、住民も比較的経済的に豊かなようです。民家の庭に必ず植えてあるブーゲンビレアが印象的でした。

この日は夕方まで方々探し回ったのですが、結局この一カ所のみの収穫でした。友人は昨夜の一件がかなりこたえたらしく、今夜はちゃんとしたホテルに泊まろうということで、観光地のブキティンギに向かいました。山岳地帯に入りしばらくゆくと急に視界が開けて、目の前に大きなカルデラ湖が現れました。シンカラック(Singkarak)湖です。湖を囲む山の向こうに今にも太陽が沈みそうです。視界いっぱいに広がる湖面はピンクからパステルブルーの微妙な色合いに染まり、とても幻想的な光景です(このページのトップの写真)。僕たちは湖畔に車を停めてあたりが薄闇に包まれるまで、景色に見とれていました。

ブキティンギはさすがに観光地らしくこぎれいなホテルも多く、快適な一夜を過ごせました。現地の安宿に泊まって雰囲気を肌で感じるのも楽しみの一つではありますが、採集旅行は想像以上に疲労しますので、英気を養うという意味で快適なホテルを選ぶことも多いのです。

一夜明けて、最後の目的地ササックへ向かいます。ここはクリプトコリネ・モエルマニーの記載地の一つです。ササックは海に面した町で、モエルマニーはブラックウオーターの流れる汽水域に分布していると考えられます。そんな条件に当てはまる森を探しながらササックへと向かいますが、町に近づくにつれ、僕たちは唖然としてしまいました。見渡す限りの草原が広がっているのです。所々に切り株が頭を出しているので、ここがかつて森であったことは解ります。しかし今は見る影もありません。僕たちはだんだん暗い気分になってきました。そして悪い予感は的中してしまいました。結局それらしい場所はどこにも見つからなかったのです。

一回の採集旅行で目的のものに出会えることはあまりありません。数回足を運んでも目的のものに出会うことができないこともあります。つらいことも多い旅行ですが、それにもまして自然との出会いは新鮮な驚きと喜びをもたらしてくれるのです。今回の経験も次回くるときに必ず役に立ってくれるはずです。と、帰りの飛行機の中で次回の旅行を計画する僕たちなのでした・・・(完)

   
 



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