2002年サラワク紀行
毎度毎度のサラワク行きであるが、今年はちょっと普段とは趣が違うのだ。同行者がいるのである。それも総勢5人の大部隊。さてさて、どうなりますことやら・・・・
今回はレヨンベールのささき氏と新人スタッフのM君が先発部隊としてサラワク入りしている。それに合流する形で僕が二人のメンバーを連れて行くのだ。車やホテルの手配など、めんどくさいことはささき氏が先にやっといてくれるので、僕はただ行けばいいというラクチン旅である。今回ぼくと一緒に行くのはクロさんとKさん、二人とも採集旅行は初めてである。
とりあえず、集合時間の20分ほど前に福岡空港に着いた。チケットの受け取りカウンターを確認しその前でメンツがそろうのを待つことにした。チェックインカウンター前のセキュリティーチェックの行列を眺めながら待つこと数分、そろそろだな〜と思いながら周りを見回していた僕の目にあるものが飛び込んできた。それは、まるで携帯の液晶画面のアンテナよろしく、三角形のたも網を登山用リュックの横にどお〜んと突き立てた、くろさんの勇姿であった。
おいらはこのときクロさんはオトコだと思ったね。ちなみにこの場合の「おとこ」は「漢」と書くのだ!
その後現れたKさんは、キャップにTシャツ短パン、ウオーターシューズをつっかけて小学校時代から使っているという日の丸のついた帆布製のバッグと、さらに勇ましい格好であった。これに、ブルーのアロハっぽいシャツにクリームホワイトの綿パンをはいた僕が加わり、端から見たらなんだかわからない一行は出国ゲートに消えていったのである。
乗り継ぎのため、エアコンがんがんのクアラ・ルンプール空港で凍えるような5時間を過ごした僕たちは、夜の11時になってクチンに到着した。タクシーでいつものボルネオホテルに到着すると、ロビーでいい具合に日焼けしたささき氏とM君がにやにや笑って待っていた。さっそくTiger Beerを飲みながら作戦会議だ。とりあえず一日かけてセリケイに向かい、ニボンで採集後スリアマン、クチン、ルンドゥと移動することになった。移動の疲れもあり、その日は泥のように眠った。
朝からセリケイに向かって快適に車は進む。ささき氏が調達してきたのは7人乗りのトヨタのプラド。2駆仕様である。スリアマンまでは道もよくスムーズにゆくことができたのだが、スリアマンをすぎると程なく舗装されてない砂利道、いわゆるフラットダートがえんえんと続く。これは新しい道を急ピッチで造っているのである。クチン近郊でもそうだが、くるたびに開発が速いペースで行われている。
フラットダートをがたがた進み、「セリケイはまだか?」とみんなが思い始めた頃、ささき氏がクリプトのポイントが近いので行ってみようといい始めた。しばらくして車は砂利道をそれ脇道に入り込み、川の畔のやや開けたところについた。川は水深30〜40センチ、幅10メートルほどでわりと流れがある。前日の雨の影響か、水は少し白濁している。クリプトコリネ・ブローサは、そんな流れの中にたなびいていた。
興奮してサンプリングしていると、首に下げていたデジカメが沈!前途多難である。とりあえず網を入れてみるが、とれるのは小型のゴビーばかりで、ラビリンスのたぐいは全く入ってこない。魚の収穫はなくちょっと残念だったが、他のメンバーが非常に興味深い昆虫を見つけたのだ。水面にアメンボが群れており、それに混じって速いスピードで軽快に水面を動き回る虫がいることには気づいていたのだが、ハエか何かのたぐいだろうと思って気にしていなかった。ところがである。これを捕まえてみてびっくり、2センチもある大型のミズスマシだったのだ。他の場所で見られるミズスマシはもっと小型で、水面で円を描いてせわしなくくるくる回っているものだが、こいつはモーターボートやジェットスキーのように自由自在に泳ぎ回っているのだ。また前足がタガメの様に発達しており(ミズスマシはみんなそうなの?)鼻の頭が三角にとがっているのも相まって、ガンダムにでてくるビグロそっくりである。こいつはここでしか見かけなかった。日本に持ち帰ったのだが、残念ながら死着だった。
↑ささき氏とブローサの自生地 | ↑水中のC.ブローサ |
↑浅瀬に露出した群落 | ↑ 死着だったビグロ |
セリケイの町に辿り着いた僕たちは、適当な安宿に落ち着いた。僕は早速、沈したデジカメのテストである。僕のデジカメは、カメラのレンズ部分と、液晶やバッテリーなどの入った本体が別になっているタイプだ。運良く水に浸かったのはレンズ部分で、本体は無傷なのだがスイッチを入れても、レンズが動作不良を起こしてしまうようだ。なるべくカメラ内に入った水を吸いだし、速攻で乾燥させる作戦で行くことにした。ドライアーがあればいいのだが、そんなものは宿にはないので、エアコンの吹き出し口にカメラをつるしてカメラの開口部から風が内部にはいるようにした。
カメラをセッティングし終わった僕はベッドに潜り込んだ。明日はニボンでアラニーを採るのだ。
朝から車に乗り込んだ僕たちはシブに向かって出発した。セリケイからシブの間にはバタン・ラジャン川が流れている。この川にはシブ近郊に二つのカーフェリーの渡し場があり、上流側の渡し場近くに有名なニボンがあるのだ。渡し場につくと、道路のアスファルトは緩やかなスロープを描いて濁った川の水の中に消えている。300メートルほど離れた向こう岸では、また川の中からアスファルトが顔を出し道が続いている。船は金属製の橋を20mほど切り取ってエンジンとブリッジをつけた艀のようなものだ。この艀をアスファルトにガガガッと接岸させて車を乗り降りさせるのだ。きちんとした港を設けていないのは、季節によってかなり水位が上下するからだろう。運賃はタダ、車を詰めるだけ詰め込んだら向こう岸に向かうスタイルだ。僕たちは、船を待つ車の列の2番目になった。しばらく待っていると向こう岸で車をおろした船が戻ってきた。船が接岸すると渡し板がかけられ、向こう岸からわたってきた車やバイク、徒歩の人たちが降りていく。それが一段落すると道路に張ってあった鎖がおろされ、僕たちが乗り込む番だ。前に並んだトラックの後に続いておっかなびっくり板をわたり、トラックの横にぎりぎり車を寄せる。サイドブレーキをひいてギアをパーキングに入れたのだが、目の前には水面があるのでなんだか不安だ。
しばらくすると車を積み終えたのか、船のエンジン音と振動が大きくなり船が動き出した。川には結構流れがあり、船はその分ドリフトするような形でゆっくりと進んでゆく。車をぎりぎりに寄せているので車外にでることはできないが、窓から外を見ると竹や木材で組まれた足場が目に入った。この川を渡る橋が建設されているのだ。ほとんど揺れることなく5分ほどで船は向こう岸に着いた。車をスタートさせアスファルトの地面に戻ると、なんだか少しほっとした。さて、ここからSg Nibong(ニボン川)の支流を探して採集である。
しばらく行くと橋が現れた。欄干にSg Nibomgとある、早速突入開始だ。川幅は狭く濁った水が流れている。。昨夜から雨が降っていたので、その影響だろう。
↑sg.Nibong | ↑ヘアグラスの絨毯 |
↑カワアナゴの仲間 |
川岸の笹の中に網を入れてみるが、お目当てのリコリスはなかなか網に入ってこない。そうしているうちに、小型の淡水フグが網に入ってきた。いわゆる赤目フグのたぐいで、カリオテトラノドンの仲間だ。以前別の場所で同じようなフグを採集したことがあり、それはサリバトール種であった。今回もまたそのサリバトールだと思っていたのだが、帰国後フグ専門のHPを開いておられる西村氏に写真を見ていただいたところ、これはボルネンシス種であるとのことであった。たしかに、サリバトールと比較すると、全体的に緑色っぽい体色をしている。(氏は去る10月にサラワクへ突入され、すばらしい成果を上げられているので、こちらも御覧いただきたい。http://tekipaki.jp/~puffer/)また後で聞いたのだが、K氏が下流側の薄暗い場所で大型の個体を採取したのだが、それがとても美しいメタリックグリーンだったというのだ。カリオテトラノドンの仲間は成熟個体が性転換して雄になるということなので、おそらく婚姻色の出た雄だったのであろう。
↑オス(西村氏のご厚意により掲載) | ↑メス |
しばらく網を入れてみたが、なかなかアラニーは網に入ってこない。カワアナゴやラスボラ、ゴビーなどばかりだ。しかし、あきらめかけたときにようやく小型の個体を見ることが出来た。やはり岸よりの深い場所の水草の中であったが、流れは比較的緩やかな場所であった。しばらく採集を続けるが、成果は今ひとつである。仕方がないので場所を移動することにした。おなじSg.Nibong の支流で、やはり水は濁っているが、流れはもっと緩やかだ。水中をのぞき込んでいた新人(といってもクリプト経験値は最高レベル)のM君がなにやら騒いでいる。濁った水の中にクリプトらしき葉っぱがたなびいているのだ。とたんにささき氏はクリプトモードに移行、バギューン!(変身する音)・・・以後はご想像にお任せいたします。このときの成果はいずれ発表されると思うのでそれを期待しよう。http://www.rva.ne.jp/
「クリプトを踏むでない」という厳しいお達しの元、僕たちは網をふるう。新しいポイントではさらに数匹のアラニーを追加し採集を終了した。
今回の採集で再確認したのだが、リコリスグーラミーという魚は「底物」である。体型的に近いクローキング・グーラミーなどのように水面近くの水草の陰などに隠れているようなイメージだが、実際は水のきれいな川の流れが緩やかな川底近くの水草の中に隠れている。飼育する際には水深云々より隠れ場所となるシェルターの天井の高さが問題だろう。
そのあとぼくたちは再びフェリーでで川を渡り、スリアマンに向かってがたがた道をひたすら進んだ。プラドのサスペンションはかなり柔めなので、フラットダートでは踏ん張りが効かなくて、なかなかスリリングだ。ちょっとだけドリフトしたりしながら、土埃を蹴立てて進んでゆく。途中いくつかのポイントを覗いてみるが、めぼしい草や魚は見あたらず、とうとうスリアマン近くまで来てしまった。
もう夕方近くなっており、このまま終了してしまうのも何なので、手近なブラックウォーターのポイントに向かうことにした。
ここではクリプトコリネ・ロンギカウダと、パリジネルビア種が混生しているというなかなか面白いポイントである。幹線道路から脇道に入り込みしばらく行くと、道の両側のジャングルに点在している面白そうな流れをいくつも通り過ぎた。しかし、ここで焦って突入してしまうとせっかくのポイントにたどり着く前に陽が落ちてしまいそうなので、ぐっと我慢し、くだんのポイントへと向かった。
たどり着いた先は、林の中から黒々とした濃いブラックウォーターのゆったり流れる場所であった。夕方の傾きかけた日差しでは、川底まで見通すことの出来ない濃いブラックウォーターで、汲んでみるとまるで濃いめの紅茶のような真っ赤な水だ。幅1メートルほどの流れが林の中からゆったりと流れ出ており、両岸のやや堅めの粘土質の中から美しいグリーンの丸葉のクリプトコリネが葉をのばしている。ちょっと見ただけではクリプトの種類は判別できないが、よく見ると二種類の花が咲いている。ひとつはその名の由来ともなっている、長い鞭のような突起を持った臙脂色のロンギカウダの花。もう一つは一般的にクリプトの花として思い浮かぶロウソク型だが、「炎ほう」の反り返ったパリジネルビアの花だ。
葉っぱはどちらも同じような丸葉のボコボコ系なのだが、ささき氏によると、「先がとがってるのがロンギ、丸いのがパリジ」ということだ。そう思ってよく見てみると、なるほどロンギは葉っぱがハート型に近いのに対し、パリジでは卵形の印象を受ける。などと感心しているとやはり例の「草類哀れみの令」が発布されるのであった・・・・。
↑C.ロンギカウダ | ↑C.パリジネルビア |
かなりきれいな場所なので、ここぞとばかりに突入した僕たちであったが、結果は散々であった。網にはいるのはラスボラとゴビー、ヘミランフォドンばかり、あれほどどこにでも居るクリマクラでさえ網に入ってこないのだ。カリオテトラノドン・サリバトールが数匹網に入ってきたが、そのほかにはめぼしい魚には出会えなかった。水草的には大成果なのだが、魚が今ひとつである。またロングドライブの疲れもあり、さらに悪いことに、僕は新調したウォーターシューズで靴擦れを起こしていて気分はだんだんブルーになってきた。
お疲れモードの僕らをのせて、プラドは夕日の中、来た道を戻って幹線道路を東南に向かって走りだした。スリアマンの東南には大きなダム湖がありインドネシアとの国境がすぐ間近に迫っている。サラワク州とインドネシアは、標高の高い山地を結ぶ線を国境としているが、ところどころ比較的標高の低い地域があり、ここもその一つなのだ。山ひとつ越えればカリマンタンのカプアス水系である。標高が低いと言うことは、それだけ生物の行き来も容易になるため、カプアス系の生物が居る可能性もあるのだ。このダム湖にはヒルトンがリゾートホテルを建てており、あわよくばここに泊まってしまおうという作戦である。ダム湖に向かう分かれ道を曲がった頃には、もう陽もとっぷりと暮れてあたりは真っ暗になってきた。しばらく行くと、煌々とライトアップされたダムのコンクリートの壁が見えてきた。ジャングルばかりで大きな人工物のないこのあたりでは圧倒されるとともに、少し異様な光景だ。
ダムから流れ出る川に架かっている橋を渡り、山の斜面に沿って道を上ると立派なバンガロー風の受付の建物が現れた。駐車場にくるまを停め、受付の建物にむかう。建物の向こうには黒々とした水面が拡がっている。受付のお兄さんの話では、ここからボートに乗ってホテルの建物に向かうということだ。さらに、朝は10時にならないとボートが動かないらしい。朝の涼しい時間が無駄になるのは痛い・・・迷ったあげく今回はここに泊まるのは断念し、いっぺんにクチンまで戻ってしまうことに決めた。そうと決まればひたすらクチンを目指すのみである。プラドは僕らを乗せて再び走り出した。
さて、いったん帰るとなると心配なのが腹具合の方だ。がたがた道のロングドライブは座っているだけでもかなり体力を消耗するもので、気づいたらおなかペコペコである。とりあえずスリアマン市街方面とセリケイ方面の分かれ道にあるドライブインにくるまを停めた。ドライブインといっても、日本のそれとはいささか様相が違う。日本で一番近いのは屋台村といったところであろうか。コンクリートの建物の一階ブチ抜きで、大きなホールのようになっており、食材の入ったガラスのショウケースがついた小さな厨房が3〜4軒入っている。厨房はそれぞれ離れて設けられており、扱っている料理が違うのだ。大抵飲み物を出すブースがオーナーであることが多い。
僕たちは、沢山並んでいる白い丸テーブルのひとつに陣取り、いつもの赤いプラスチック製の背もたれのあるイスに座った。早速店の人が注文を取りに来たので、それぞれナシ・ゴレン(チャーハン)、ミー・ゴレン(焼きそば)、ミー・スプ(中華そば)等を頼み、飲み物はドライバー以外ビールだ。注文を終えたささき氏がどこかに消えたので、トイレかな?と思っていると、焼き鳥満載の皿を持ったお兄ちゃんと戻ってきた。焼き鳥は手羽にタレをつけて焼いたものなどで、味付けは日本のものによく似ている。うまいうまいと、串にかぶりついてると、K氏がこれ何かなーと声を上げた。みると何か丸い感じの肉のかたまりが6個刺さった串を手にしている。僕も一本手に取りかぶりついた。・・・このまったりとした脂肪に包まれたプリプリの肉質、さらにこのコリコリとした軟骨の歯触りは・・・おお、これは鶏のシッポではないか!しかし、呼び名がどうしても思い出せない。「ほら、あの、その、鶏のしっぽだよ。」喉の所まで出かかっているのだが、どうしても出てこないのだ。苦しむ僕を見てくろさんが一言、「ぼんぼち」。漢(オトコ)だねぇ。
夜中近くになって僕たちはいつものボルネオホテルに落ち着いた。さあ、明日はセリアン方面そして因縁のゲドン地区突入である。
次の朝、ホテル一階のレストランに三々五々集まって朝食をとる。トーストと目玉焼きなどのいわゆるアメリカン・ブレークファストだ。僕はあまり好きではないのだが、朝飯をしっかりとっておかないと後がつらいので、モシャモシャ食べる。荷物を車に積むと、さあ出発である。まずは因縁のゲドン地区へ向かう。ここは数年前にささき氏が遭難しかけたことで、仲間内ではとっても有名な場所だ。新人スタッフのM君などは「目印にします!」とティッシュペーパーを用意するほどの気合いの入り様である。そうこうしているうちに車はセリアンの町を過ぎ、町はずれにさしかかった。遠くに白い幹の美しい巨木が見えてきた。今回僕が楽しみにしていたことの一つが、この巨木に会うことだ。ハンドルを握るささき氏も道路脇に車を止め、しばし巨木の姿に見とれている。近くにいた地元のおじさんに尋ねると、この木は「タパン」というらしい。僕はタパンの木に心の中で挨拶を済ませ、再び車に乗り込んだ。
↑タパンの木 | ↑ロータリーのドリアン像 |
タパンの木をすぎてしばらくゆくと、車は幹線道路を外れてゲドンへ向けて走りだした。小高い丘の裾野をぐるりと回ると、侵入ポイントが見えてきた。空き地にくるまを停め、準備万端整えていざジャングルに突入である。先頭はささき氏、しんがりは僕だ。今まさに突入しようとしたとき、皆がなにやら騒いでいる。なんだなんだと見に行くと、ジャングルの入り口の木の根本になにやら動物の腐乱死体が横たわっているのだ。どうやら子豚の死体らしい。
「わーい、ジャングル!ジャングルぅ!!」とハイになっていた僕は気づかなかったのだが、他のメンツは眉間に縦線(ちびまるこちゃん参照)が入っていたらしい。死体にはアリがたかっており、僕たちは死体を踏まないように注意しながら森の中に入り込んだ。森の中は比較的下草も少なく歩きやすい。侵入地点からは緩い下り坂になっており、よく見ると地面がくぼんで水の流れた様な跡がある。それに沿って森の中に進んでいくと、5m四方ほどの窪地に出た。ここはなぜか空を覆う木々の葉がぽっかりと穴をあけて、木漏れ日が地面を明るく照らし出している。窪地の中には背丈が30〜50センチほどのネペンシス(ウツボカズラ)が数本光を浴びて育っていた。周りには全く見あたらないネペンシスがどうしてこんな所に生えているのか不思議だが、こんな場所にも芽を出す植物の生命力には驚かされる。
更に進むと、振り返っても木々に阻まれて侵入ポイントが見えなくなってきた。すかさずM君が目の高さの枝にティッシュペーパーを引っかける。そんなことを繰り返しつつしばらく進むと、緩い下りは終わり、丘と丘の間の谷のような場所に出た。地面には落ち葉がつもっているのだが、足を踏み入れるとすね近くまでズブズブとめり込んでしまう。よく見ると落ち葉の間からはっきりとした凹凸のあるクリプトコリネの葉が覗いている。僕たちが踏み込んだのはクリプトコリネ・ロンギカウダの大群落だったのだ。ここのロンギカウダは葉っぱの丸みが特に強く、マニアの間では最強のロンギと言われているとかいわないとか・・・
↑林床:実際にはもっと暗い | ↑表面は乾燥しているがその下には ずぶずぶのピートが |
↑C.ロンギカウダの水上葉 | ↑うひょ〜 |
周りをよく見ると、この手のピートの湿地帯に生える棘だらけの背の低い椰子が沢山生えている。この椰子は茎の部分に5センチもある縫い針のような棘が生えており、ウエーダーの厚い生地を貫通してしまうこともあるのだ。今回僕が履いているのは生地の薄いウォーターシューズだ。間違って踏み抜いたりしたら大変なので、慎重に足を運ぶ。また、生えている場所によっては、トゲ椰子の葉が人為的に落とされており、どうやら人の手が入っているようだ。よく見るとほとんど腐りかけているが、地面には木製の足場が組まれており、湿地帯を回り込んで森の奥まで入り込めるようになっている。僕たちはその通路を辿り、ポイントを探すことにした。今回僕達がここに来た目的のひとつは、ベタ・ブロウノルムを探すことである。
ベタ・ブロウノルムは、濃いブラックウォーターに生息する泡巣型のベタで、いわゆる赤ベタと呼ばれるたぐいの小型種である。最近、環境によっては卵や稚魚を口内保育することが報告されており、バブルネスト系とマウスブルーディング系の中間的存在では?とささやかれている。
しばらく探すと、良さそうな水たまりがみつかった。そこは、大きな木が根こそぎ倒れており、その根元にできたくぼみに水がたまっている。とりあえずその3メートル四方ほどの水たまりに網を入れてみることにした。しかし、網に入ってくるのは5センチほどのベタ・クリマクラばかり。お目当てのブロウノルムは全く捕れない。そのうちに、P・ペンタゾナやラスボラと言った流水系に生息する魚も網に入ってくるようになった。雨期の増水時にはここは確かに流れがあるようだ。
結論から言うと、結局僕たちはブロウノルムを見つけることはできなかった。いろいろさがすのだが、めぼしい水たまりは強健種のクリマクラに占有されており、小型のブロウノルムは全く閉め出された状況だ。しかし、このポイントで過去にブロウノルムが採集された事は事実である。あまり移動する魚ではないので、何らかの方法で(泥に潜るなど)夏眠している可能性は考えられる。
しばらく探し回ったのだが、結局成果を上げることができなかった僕たちは、次のポイントに向かってここを引き上げることにした。水に浸かってしまったせいで、僕の靴擦れはだんだんひどくなってきていた。靴擦れの痛みのせいで足をかばいかばい歩くためどうしても他のメンツから遅れてしまう。仲間の踏み跡をたどりつつ、痛む足を引きずっていると、ふと地面に動くものが・・
茶色の尺取り虫のようなものが這っている。ヤマビルだ。家畜の多いマレー半島では、かなりの数が見られるようだが、ボルネオではあまり見かけない。「これは是非写真に納めねば」と思ったのだがゆっくり撮影している余裕がない。仕方ないので落ち葉ごと網に掬って、持っていくことにした。しばらく歩いて、あらかじめ決めておいた集合地点に辿り着いた。さあ、ゆっくり撮影しようと網を地面におろし落ち葉の中を探したが、肝腎のヤマビルがみつからない。残念ながら網の目をすり抜けて下に落ちてしまったようだ。
集合地点においておいた荷物を回収し、来た道を辿って車に向かう。今度は緩い上り坂になるので、靴擦れ野郎には大変だ。途中、ツムギアリのいる葉っぱにさわってしまい、いやな思いをした。こいつらはやたらと噛むうえに、振り払ったくらいでは皮膚から離れてくれないのだ。指でつまんではねとばしても、はっと気づくとつまんだ方の指にしっかりしがみついているのだ。何とか林を抜け、くるまを停めてある空き地にたどり着いた。ごそごそ荷物を片づけ、次のポイントに向かう。ゲドン地区からそう遠くないテバガンでベタ・タエニアータをねらうのだ。
本日のナビである僕は助手席に乗り込み、さあ出発である。今年もブロウノルムを発見できなかったのでちょっと落ち込みつつ窓の外を眺めていると、道路脇の開けた場所になにやら白地に赤のアクセントが入った花が咲いている。群生とはいかないが、ぽつぽつと結構な数が咲いている。後日車を降りて確認するとそれは成屋蘭:Arundina bambusifolia(Arundina graminifolia ?)という蘭の花であった。日本には石垣島,小名浜,西表島に分布しており、日本名は西表島の成屋村(現在廃村)にちなんでつけられたそうだ。
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↑カトレアのような可憐な花 | |
↑草丈は2mに達する | ↑日当たりのよい道路脇の草地に群生 |
幹線道路に戻り、まずはセリアンに向かう。調度良い時間帯なので、まずは町で昼食だ。食堂に行くにしてもあまり汚い格好だといやなので、足に泥でも付いていないかと思い、足の方にふと目をやるとふくらはぎに大きなゴミがついている。落ち葉かな?と思ってよく見ると・・・・ぎょえぇぇぇ、いなくなったはずのヤマビルがこんな所に・・・・沢山血を吸ったらしく、すでに5〜6倍の太さにふくれている。
以外と冷静な自分に驚きつつ、後部座席の3人に「カメラ、カメラ」と、ラゲッジスペースからカメラの入った袋をとってもらい、ぱちりと記念撮影してしまった。ハンドルを握っているささき氏が、「ライターの火であぶると簡単に離れるよ」とすかさずアドバイス。早速ライターを借りて、やけどをしないように気をつけつつライターの火を近づけると、今までしっかり吸盤でくっついていたヤマビルも這って逃げはじめた。逃すものかと、からのペットボトルに収容し、以後僕のドライブのお供になりました。
大騒ぎしているうちに、車はセリアンの町に入った。適当な食堂を見つけて車を停める。僕たちは、どやどや店内(といってもほとんどオープンカフェのような感じなのだが)にはいると、テーブルをひとつ占領して早速料理を注文した。飲み物は?と聞かれてすかさず、「テ(テェ)」を注文した。これは日本でいうとミルクティーなのだが、やはりだいぶ違っている。大抵ガラス製のコーヒーカップに、煮出した紅茶がなみなみと注がれて出てくる。そしてガラスのカップの中身は白黒の二層に分かれており、上が黒い層で底の方に白い層がある。下の白い層は1センチほどの厚さである。実はこれ、練乳なのだ。また、この練乳がかなり甘い。帰国後再現を試みたのだが、日本製の練乳では甘さが足りなくて全然だめであった。「あつあつのあまあま」がこの「テ」なのである。ジャングルで歩き回り、水に浸かって少し冷えた体にはとてもおいしく、不思議と疲れがとれてしまう。
運ばれてきた「テ」をちびちび飲みながら、他の料理がくるのを待っていると、ささき氏がサンダルを脱いで何か騒いでいる。見てみると、足の親指と人差し指の間に黒いものが・・・・。ヤマビル2号の出現に僕たちは大騒ぎだ。隣のテーブルの現地人カップルも何事かとこっちを見ている。すると、あろう事か、ささき氏はライター攻撃でひっぺがしたヤマビルを、カップルのテーブルとの間にある通路に放り投げ、ブチッと踏みつぶしてしまった。当然カップルは驚いて完全に固まっている。当のささき氏は、カップルが見ていることに気づいて、いつものささきスマイルでにっこりほほえみかけたのだが、ほほえみ返したカップルの笑顔は完全に引きつっていた。
無事(?)昼食を終えた僕たちはテバガン方面に向かった。
「タエニアータの生息地、俺には聖地っすよ。」くろさんがぼそっとつぶやく。ぼくにとっては、サラワクに来たときには『ちょとそこまで』的な感覚で訪れる場所なので、くろさんの一言には正直おどろいた。というより、これは責任重大だぞと気持ちを引き締めた。
しかしポイントに向かう車中で、窓の外を眺めながら次第に不安になってきた「道が良くなっている!」。
インフラの整備のための公共工事は、地元民にとっては便利さの面からも得るところが大きいので仕方がないのだが、こと自然環境に対してはインパクトが大き過ぎて生息地や自生地を簡単に破壊してしまうのはご存知のとおりである。いつものポイントに辿り着いた僕たちは目を疑った。「新しい橋ができとる!」
以前は車一台がやっと通れる、列車の鉄橋のような無骨な鉄骨製の橋が架かっていたのだが、いまは真新しいセンターラインの引いてある立派な橋に変わっていた。さらに橋周辺の木が伐採されており川底に燦々と日光が降り注いでいる。水に入ってみると水温はいつもよりも高く、なま暖かい。いつも一番多くの個体を見かける場所に網を入れてみるが、小さな個体が一匹網に入っただけだった。むむむ、状況は厳しいぞ・・・・
他のメンバーにポイントを説明し、僕は単独で下流に向かった。いままで行ったことのない場所まで川を下り、採集しながら橋まで川をさかのぼる計画だ。じゃぶじゃぶ水を蹴立てて川を下っていく。川底は砂や角の取れた玉砂利がほとんどで、大きな石は少なく歩きやすい。足下から中型のプンティウスやフライングフォックスが逃げてゆく。ここのフライングフォックスは普段日本の熱帯魚店で見かける物とちょっと違っていて、鱗を区切るラインがはっきりしておりなかなか美しい。
しばらく行くと川は淵が連続しているような状態になってくる。この淵の部分にベタ・タエニアータは生息しているのだが、とにかく下流に向かって突き進む。川であるからやっぱり流れはあるわけで、こういった淵同士は水深数センチというごく浅い瀬でつながれている。瀬の部分をよく見ると水中の玉砂利がきれいに磨かれている場所があるのだ。これはボルネオプレコことGastromyzonの仲間の「はみ跡」である。
30分ほど川を下った。そろそろ頃合いだろう。僕は川をさかのぼりはじめた。まずは手近に有る淵になった部分に向かう。水はうっすら濁りが入っているが、川底は充分透見できる程度だ。水深は一番深いところで2メートルほどだろうか。その一番深い崖際にタエニアータがいるのだ。半分泳ぐようにしながら崖に沿って進んでゆく。崖から水中に垂れた木の根の先は床掃除のモップの様になっていて、その中には黒い小型のエビが潜んでいる。タエニアータはこれを餌にしているらしく、近くでじっとしていることが多い。水中に目を凝らしながら進んでゆくと、特徴的な泳ぎ方で1メートルほど先の木の根の中に消えていく魚影を確認した。
タエニアータだ。魚が姿を消した木の根にそっと近づく。ここで焦って網を木の根の中につっこんではいけない。そんなことをしても魚に逃げられるのがオチだ。たも網で魚を捕るコツは、魚を網に入れるのではなく魚の方から網に入ってもらうのだ。ぼくは、魚の退路を断つようにそっと網を木の根に添えて、岩盤に押しつけた。そして、えいやっとばかりに足で木の根の中を引っかき回した。引っかき回すと言ってもただ闇雲にやればいいと言うのではない。足を使って魚を網の中に追い込むのだ。そして網を引き上げるタイミングも重要だ。網をあげるのが遅いと、せっかく網に入った魚が出ていってしまう。
いつものタイミングで網をあげたのだが、木の根が網にひっかかり、あげるのにもたついてしまった。ぱしゃっ!何かが網の中から飛び出した。飛び出した魚は美しいスカイブルーの輝きを残して水中に消えていった。あわてて網を引き上げ中を確認したが、後の祭りである。網の中には数匹の小エビが這い回っているだけだ。タエニアータはジャンプ力の強い魚である。バケツに入れておいても平気で飛び出してしまうほどだ。いまの色からすると、おそらくオス個体のようだ。惜しいことをした。
結局10匹程度を確保し侵入地点に戻ってみると他のメンバーも数匹を確保できたようでまずまずの成果である。一応くろさんの期待に応えることができたようだ。しかし、大きな個体ばかりで小型の個体を見かけないことが気になる。確実にこのポイントは消滅していっているようだ。しばらく採集は行わない方が賢明かもしれない。
テバガン近郊の探索でクチン東側の予定は終了した。一夜明けて今日は西側の探索である。まずはマタンに向かう。以前ぼくがクリプトコリネを見かけたのだが、翌年には伐採のために消滅していたポイントに行ってみるのだ。
ささき氏は以前よりサラワク産のクリプトコリネの自生状況を確認して記録を残すという仕事を行っているが、未だ出会うことのできていないのがフェルギネア種である。汽水域に近いブラックウォーターに自生していると思われる本種は、おそらく車道より船を使って河川側から探した方が見つけやすいのだろう。以前僕がクリプトを見かけたポイントにはバンブルビーゴビーなどの汽水域の魚が多数見られ、ブラックウォーターの流れの両側は古いカカオ畑で小さな木製の橋が渡してあった。橋の下にはやや堅めの水上葉を持つ小型のクリプトコリネが繁茂していた。周りの状況や葉の形状からしてフェルギネアが最も疑わしいのだ。
ポイントに到着すると、近くの民家の犬がわんわん吠え始めた。毎度のことであるが、鬱陶しいことこの上ない。ポイントの流れは薄いブラックウォーターで、クロモによく似た有茎の水草が繁茂している。実際の現場を目にしたささき氏が一言、「フェルギ・・・ここにあったんだな・・・。」万感のこもったつぶやきだった。当然のごとく、この後ばぎゅーんとクリプトモードへ移行されました(笑)。この辺り一帯は森の中からブラックウォーターが流れ出ているところも多く、なかなか面白い場所である。1時間近く付近を探し回ったがクリプトを発見することは出来なかった。
バウ
マタンの探索を終えて僕たちは一路バウへ向かった。この辺りはクリプトコリネ・キーイの自生地があるのだ。バウ周辺の地質は石灰岩土壌で今まで訪れた低硬度酸性土壌の地帯とは植生が異なっている。バウの町で早めの昼食を済ませ、目的地に向かう。自生地の川に到着すると、少し増水していた。白濁した水の中にクリプトの群落がうっすらと透けて見える。水深は5〜60センチといったところか。地元の人々が水浴びに使う足場から水にはいると、後ろの方から「うわっ、パンツの中に水が入った!」と誰かの声があがった。肩まで水につっこんでサンプリングしてみると、ブラウンタイプと呼ばれる濃い茶色の葉色をしたキーイが植わっていた。
クリプトコリネ・キーイの自生地を後にした僕らは、幹線道路を西に向かいLunduを目指して車を走らせた。これからいつものP・アラニーの生息地へ向かうのだ。途中、オイルパームの実を積んだ大型トラックと何台もすれ違った。Lundu方面は比較的プランテーション化が進んでいるのだ。
1時間半ほどで目指すポイントに辿り着いた。木が少し伐採されていたが、川にはほとんど影響がないようで安心した。みんな荷物を下ろして準備を始めた。水にはいるのが待ちきれないと行った面もちである。僕も荷台から荷物を下ろしはじめたのであるが、おなかの方でなにやらもよおしてきてしまった。ここ2〜3日便秘気味だったのであまり気にならなかったのだが、ついにここに来て来るときが来てしまったのである。それもこんな時に・・・
「ちょっとそこまで〜!おほほほほー・・・」と他のメンバーに声をかけつつ、ホテルからくすねてきたトイレットペーパーと虫除けスプレーを手に、ぼくは茂みの中へ駆け込んだ。茂みに入ったのは良いけれど、しゃがむのにちょうど良い広さの場所がない!焦って周りを見回すと、ありました!高圧線の鉄塔の下にちょうど良い空間が・・・。ぼくは茂みをかき分け鉄塔に辿り着くと、ズボンをおろしてお尻に虫除けスプレーをかけてしゃがみ込んだ。・・・・ああ、何という開放感、やっぱり自然は良いなあ。小鳥の声がすがすがしく聞こえる。
後始末をして川へ戻ると、もうみんな川に入って網をふるっている。アラニーやベタ・レイーなどが網に入っているようだ。僕はみんなと別れて下流側にはいることにした。木々の間をぬけてゆくと、そこは相変わらずのクリプトコリネの大群生地で、足下の水没したクリプトの葉陰からは、15センチ近くあるレイーの成熟個体が数匹、澄みきったブラックウォーターの中にスーっと消えていった。木漏れ日の中で目にしたこの光景は、はっとするほど美しく、今でも鮮明に覚えている。
川に網を入れていると、茂みの奥からささき氏が戻ってきた。クリプトの状態をみてきたようだ。彼によるとここには2種類のクリプトが混生しているようで、いままで知られていたC・コルダータ(var ゾナータ)の他にC・ロンギカウダもあるようだ。さらにここのロンギカウダは仏炎苞の開口部が他産地産に比べ縦長いようだ。そろそろ採集も一段落付いたので次のポイントへ移動することにした。
そうそう、最後に申し添えておくが、ここはマーキング(の○そ)したので、おいらのなわばりである。がるるるる!(笑)
実は、これまで数回、前述のポイントを訪れてはいるのだが、ルンドゥの町自体には行ったことはなかった。そこで今回は今まで行ったことのないインドネシアとの国境付近まで行ってみることにした。フェリーで川を渡り、一度ルンドゥに入ったのち、周りの状況を見ながら最も西にある町セマタンへ向かった。面白そうな流れはあまりなく、そうこうしているうちにセマタンの町に着いてしまった。道も海岸で行き止まりになり、もうこれ以上進めない。車でゆけるサラワク州の一番西である。車を降りて海岸へ行ってみると砂浜が拡がっており、オヒルギの小さな株が点々と植わっている。のどかな光景であるが、もう午後も遅くなってきており、時間を気にしないといけない時間帯になっていた。僕たちは車に乗り込み本日最後の目的地、インドネシアとの国境に向かうことにした。
地図をみると、ルンドゥからセマタンへ向かう途中に国境へ向かう道路の分岐点があり、ビアワクという町が国境の町のようである。とりあえず行けるところまで行ってみようということでビアワクへ向かった。ビアワクへ向かう道路へはいると、すぐに道路の両側にオイルパームのプランテーションが拡がり、見渡す限り続いている。この辺り一帯は緩やかな丘陵が続き、地形的にはプランテーション開発が最も行いやすい場所なのだ。オイルパームの背丈もまだ低く、この辺りが比較的最近開発されたことが判る。
状態の良い流れを探しながらのドライブであったが、ついに良いポイントを発見できないままビアワクに着いてしまった。町と言うよりは村と行った方が正しい家並みだ。村の一番奥、道路の行き止まりになる場所に車を停め、村の周りを探索することにした。少し奥にはいると良さそうな流れがみつかったが、川底には藍藻が繁茂しており、水質的には今一である。流れに沿って移動し探索したが結局収穫はなかった。
ここでの唯一の収穫は、巨大ヤスデの出現で、くろさんは虫が苦手ということが判ったくらいである。
というわけで、この日の探索はここで終了しクチンへ帰ることとなった。ささき氏とM君はここで今回のフィールドワークは終了である。明日クアラルンプールへ向かい、データやサンプルの整理を行うのだ。
さて、その日の夜のことである。クチンに帰り着いた僕たちは食事に向かった。今日はホテルに近い川沿いのレストランである。ここはヒルトンなどの高級ホテルにも近く、白人の観光客もよく利用する店なので食べ物の量も白人サイズである。早速店内のテーブルに陣取り、まずは恒例のタイガービールで乾杯である。注文を取りに来た小柄な店員さんに「タイガー、ビア、ファイブ、ジョッキ、プリーズ」とささき氏が注文した。店員は一旦厨房に引っ込んだのだが、また戻ってきて「ファイブ、オーケー?」と注文を確認している。僕たちはみんなで「オーケー、オーケー」と答え、また馬鹿話に戻って注文のことは忘れていた。しばらくするとビールがなみなみと注がれたピッチャーと空のジョッキが5つが運ばれてきた。「おお、ここは生ビールか?ピッチャーとは気が利くね〜」等と喜んでいると、さらに次々とピッチャーが運ばれ、気付くとテーブルの上には合計五杯のピッチャーが林立していた。
・・・これはどういうことだ?全員しばし呆然としてしまった。
あわててメニューを確認すると、ビールの所にJogとMagという表記がある。つまり Jog = ピッチャー、Mag = ジョッキ だったのだ。
しかし、武士に二言なし、たとえ注文を間違えても黙って平らげるのが九州男児である!「日本人ばなむんな〜」と闘争心むき出し(半ばやけくそ)で、僕らはそれから1時間ほどかけてすべてのピッチャーを飲み干し、料理も平らげた。さらに最後に「タイガービア、ワンモア、マグ、プリーズ」ともう一杯注文し「これでどうだー!」とそれを飲み干してから席を立った。
ちょっと足がもつれながらも肩で風を切って去ってゆく僕らの背中を、数人の店員が呆気にとられて見送っていた。クチンの夜は更けていく・・・
翌日、ささき氏とMくんを空港まで送った後、僕たちはサンプルの整理をするためにホテルへ戻った。午前中かけて手続きを終え、午後からは新種のクリプトの自生地へ向かった。のちにクリプトコリネ・ウエノイと名付けられることになるクリプトなのだが、この時点ではまだ名前は無かった。じつはここは初日に一度訪れているのだが、写真を撮っただけでサンプリングしなかったのだ。思ったより時間がかかり、着いたのは夕方になってしまった。結局サンプリングしてクチンに帰り着いた頃にはもう陽もとっぷりと暮れていた。
そしていよいよボルネオを去る日がやってきた。荷物をまとめて空港へ向かう。他のメンバーも満足そうだ。
飛行機は1時間半ほどでクアラルンプールに到着した。空港内でささき氏達に合流、日本への飛行機に乗り込んだ。帰りの飛行機は深夜にクアラルンプールを発ち、6時間ほどで日本に到着する。一週間の疲れがどっと出たのか飛行機の中では泥のように眠り込んでしまった。
さて、話は数日前にさかのぼる。バタンラジャン川を渡った僕らは渡し場の食堂で昼食をとっていた。「俺も魚すくってみようかな〜。」ささき氏が言い出した。ささき氏は自分の網を持ってきていなかったので、早速近所の売店を物色しはじめた。「おお、これがいい!」彼が選んだのは直径40センチほどのざるであった・・・・。結局このざるは旅行中一度も出動することなくホテルの部屋に放置されていた。
朝の8時に飛行機は福岡空港に到着した。預けた荷物を受け取り通関を済ませると、僕たちは高速バスのバス停前に集合した。お互いに挨拶を交わしているとバスがやってきた。ささき氏達が高速バスに乗り込もうとしたとき僕はスーツケースからざるを取り出しささき氏に手渡した。
目を丸くするささき氏を見て、ぼく、くろさん、Kさん、三人がにやりと笑った。
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